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千葉県木更津市生まれ。
中学時代より始めた伝統空手で段位を取得していたにもかかわらず、
城西大学入学後には極真会館総本部へ入門、大山倍達のもとで修行を積む。
佐藤勝昭のライバルとされ、1971年の第3回全日本空手道選手権では、
大山泰彦と激戦を繰り広げて敗れるも4位に入賞し、
1972年10月22日に行われた第4回全日本空手道選手権では、
23歳にして佐藤俊和やハワード・コリンズら強豪を破り優勝を成し遂げた。
全日本大会優勝から約半年後の1973年4月13日には
空手の修行で最も荒行と言われる百人組手を完遂、
極真空手家としては最も名誉ある称号を手に入れた。
この百人組手には、盧山初雄(1人目)や大石代悟らが対戦相手となった。
大山より極真会館シカゴ支部長に任命され、
空手の普及に尽力、多く弟子を育てた。
2001年からは独自の流派である国際空手道三浦道場にて指導を行っている
三浦美幸13人とのストリートファイト
三浦美幸バット折り演武